10月10日

  • 2008/10/14(火) 13:11:12




10月10日は白山比弯声劼気淞炭2100年式年祭奉祝3日祭で、縁あって参列する
ことができました。
白山さまでは鎮座2100年に際して10月7日(旧暦9月9日)より様々な式典催しが
行われています。
そしてこの奉祝3日祭は全国白山神社の関係者が初めて会する記念すべき日でも
ありました。

白山比弯声劼気泙麓案蘯辧加賀国一宮で、旧社格は国幣中社。
現在は、全国に3000社ある白山神社の総本社とされる。
ご祭神は菊理姫(菊理媛神/白山比弯澄砲気沺伊弉諾尊(イザナギ)さま
伊弉冉尊(イザナミ)さまの三神を祀る。
一般には白山(しらやま)さん・お白(おしら)さん・白山権現などともいわれる。
白山比廚気沺糞突姫さま)は『水』のご神徳ある神様として古より人々の信仰の
あつい神様であります。
そしてこの地は『鶴来』=『ツルギ』=『剣』という地名。
その由来は、鶴が飛来するわけではなく…。
鶴来の地名由来は、白山比弯声劼気泙猟近くに鎮座する「金剱(きんけん)宮」さま
からきたもの。
ここは『水』と『剣』にまつわる土地だ。

白山信仰は中部地方に集中しているが、実質は北海道から九州の各地に見られる。
山伏、修験道が山々を渡り歩き、時にはその時代の物や情報の流通・統制を担う
いわば『白山ネットワーク』としての役割をも有していたというところが本質のようです。

10月10日…十月十日(とつきとおか)といえば出産を表し、新しく何かが生まれる
お目出度い日でもあります。
その日にこの式典に参加できたことが大変嬉しく、またこれから何かが動き出す…。
そんな気さえしたのです。
お祭りの中で2100年の言祝ぎを顕し、今後益々の弥栄を祈願する『玉串奉奠』が
ありますが、その奉奠前に参列者全員で『君が代』を唱和。
こうして日本のみならず世界の平和をも白山さまの皆様と祈願できたことは
大きな意味があり、そして深く感じ入るものがありました。
各地の白山さまにこの想いが届けられる…。
過去・現在・未来へ向けて、ネットワークの再開となるよう願わずにはいられません。
どうか神様の意に乗ることができますように…。


▼写真右は白山比弯声劼気濤饂慊蟒斗彿顕什發量畋す犬の阿形がモデルの
クリスタル狛犬と神紋「三子持亀甲瓜花」入りのストラップ。

【神紋の由来】
白山比弯声劼里歓戚罎蓮∪擬阿別松里髻峪飴匯亀甲瓜花(みつこもちきっこううりのはな)」
といい、六角の亀甲の形を七五三に配した三つ子持ち、すなわち三条の構えをめぐらし、
その中に瓜の花を描いたものです。亀甲は千寿万歳の長寿を表わすおめでたい象徴であり、
また三つ子持ちは、親から子、子から孫へと、過去・現在・未来にわたって絶えることのない
家運長久を意味しています。
また、瓜の花というのは、万葉の古歌にも「瓜食めば子等思ほゆ」と歌われているように、
古代においての珍菓であった瓜を神に捧げて子孫の繁栄を祈るという、神まつりの表現です。

▼写真左は兼六園の根上松。根が44本あります。
根が盛り上がっているため、見通しが良い…縁起の良い松といわれています。



伊勢路

  • 2008/09/24(水) 23:11:41

昨夜の雨のお蔭で、24日の伊勢は清々しい秋の晴天となった。
まだ陽射しは少し強いけど空気が一層澄んでいて気持ちがいい。
突然の神宮様への参拝。
前日に何故かどうしても参りたくなっての一人旅です。
順調に外宮様・倭姫宮様・月読宮様・猿田彦様・内宮様、そして今回は伊雑宮様にも参ることができました。

倭姫宮様では境内には私一人。
心静かにゆっくりと神様と向き合ううち、不思議とちょっと涙腺が緩んだり…。
お宮さまでは御朱印をいただいたのですが、その時に神職さんより嬉しいプレゼントです。
ごそごそと木箱の中から『一握りの椎の実』を手渡されました。
「この実はどうしたらいいですか?神棚さんに?」と尋ねると
「この実は倭姫宮の境内の椎の実。神棚に供えてもいいですが、幾つかは土に還して芽を出させてください。『命を受け継いでください。』」と。
『椎心』とは、胸をうつことですが、まさにそんな心境でした。
私達が生きていく上で一番大切なことをこんなかたちで伝えているのですね。
この方は言葉は少ないですが、心で言霊を伝える方。
また今度来るときにもお逢いできるといいな。
参拝の拍手の音一つでその人が『心を込めているか』『正直か』など分かるらしいですよ^^



そして『命』といえば…。
22日〜24日の内宮様は『秋の神楽祭』が催されていました。
神楽に呈茶席、能の舞台、お茶室公開など境内は賑やかでした。
これは偶然なのですが、ちょうど5年前にも『秋の神楽祭』の時期に家族と訪れています。
それは亡父との最後の神宮参拝でした。
当時を懐かしく偲びながらまるで時間が戻ったよう。
やはりこのお彼岸の時期に神宮様へ呼ばれたのは意味があったのですね。
龍笛や神楽笛、舞を好み興じた父らしい。
故人を偲ぶことは供養するということに繋がり…。
今日という出逢いを下さった神様に感謝するばかりです。

最後に訪れた伊雑宮様では御神田に見事な頭を垂れた稲穂が!
刈り取りは10月の9日か10日だそうです。
ここの稲は『イセヒカリ』という品種で『21世紀を担う米』『奇跡の米』と言われています。
伊勢神宮様の御神田のコシヒカリは平成元年の二度の台風(17号、22号)に見舞われて全て倒伏しました。
しかし、その中に2株だけ直立する稲が発見され、その後試験栽培されて伊勢神宮、内宮御鎮座二千年を記念する稲として酒井逸雄少宮司様によって 『イセヒカリ』 と命名されたという経緯があります。
詳しくは 『酒ロマン』http://peace.poosan.net/Sake_Roman/をご覧くださいね。

この『イセヒカリ』が顕すように、『生まれ変わる、復活再生する』=『みあれ(御生れ)の精神』が日本人が日本人たる所以ですね。

今日は未来に向けて、『命を受け継ぐ』意味を改めて考えさせられる良い旅となりました^^

アクエリアス

  • 2008/08/25(月) 13:23:58

水瓶座の時代http://akashicflare.himegimi.jp/akashicflarerebel3.html


明日は八月二十六日。ぱちぱちやね^^
そして今日出逢ったブログ。http://seorituhime.blog.shinobi.jp/
読んでいないので本の詳細は解りませんがamazonに内容紹介あります。

清貧の歌人

  • 2008/08/21(木) 18:51:53

『眼前(まのあたり) 今も神代ぞ
        神なくば 人も生まれじ
                草木も生まれじ』      
                                橘曙覧

・・・今も何ひとつ 神代の昔と変わらない。

七五三

  • 2008/08/17(日) 09:50:30

昨日の講義は『七五三』に関連した話題だった。

「七五三のはじまり」
徳川 徳松(とくがわ とくまつ、延宝7年5月6日(1679年6月14日) - 天和3年閏5月28日(1683年7月22日))は徳川幕府第5代征夷大将軍、徳川綱吉の長男。母は小谷正元の娘瑞春院。上野国館林藩主。官位はなし。
徳松は綱吉の跡継ぎに望まれたが、天和3年(1683年)、僅か5歳で急逝した。法名は浄徳院殿霊岳崇心大童子。墓所は東京都港区の増上寺。
「七五三」の祝いは、天和元年(1681年)11月15日に徳松の健康を願ったのが始まりだとされる。

幾つか思うところがあってね…。
まず、自分の誕生日が「11月15日」であること
そして「徳松」は数代前と同じ名前で
「6月14日」は義父の命日にあたる。
今まで気づかなかったのが不思議。
歴史上からみても「徳」の字を持つ者は、その死後に大きなメッセージを残すことが多い。(どの命もそれぞれ平等に意味がありメッセージを残すものですが)
そして義父の命日から5年(5歳)を数えると、来年の2009年が丁度その年に当たる。
かといってその意味はまだ見えてこないけど…。
でも何かに気づくときが来ているのかもしれない。
メッセージ…ただ漠然とそう感じた。

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